2丁目を学ぶ.png


いまや「新宿2丁目」といえばゲイタウンの代名詞。
新宿を外して「2丁目」って言っただけでも
通じるぐらい定着してるわよね。

今回はちょっと趣向を変えて、
「新宿2丁目」
という地名の歴史を紐解いてみたいと思うわ。


写真 2014-09-30 16 23 28.jpg

まず、新宿は文字通り「新しい宿」って意味で、
昔、江戸を出発して甲州街道(いまの新宿通り・国道20号線)
を歩いてた旅人が
ちょっとこの辺で一休みしねぇ?」
って思ったのがちょうどいまの新宿2丁目の辺りだったの。
内藤さんって武士の屋敷があったから
「内藤新宿」なんて呼ばれてたわ。
内藤さんの屋敷がいまの新宿御苑だから、
どんだけ豪邸だったかが判るわ。
2丁目のお寺、大宗寺はこの頃からあったんだから驚きよ。

写真 2016-05-04 17 50 47.jpg

江戸時代から戦後まで、
新宿2丁目の辺りは遊廓がある色街だったわ。
ある意味いまとは真逆よね。
遊廓の意味が判らない人は、
お父さんに訊いてみてね。

戦争が終わると、
法律も変わって、遊廓はほとんどなくなったわ。
その空き家にゲイバーが入るようになって、
少しずついまの2丁目の基礎がつくられていったみたい。
ゲイタウンとしては、
上野や浅草のほうが歴史が長くて、
この頃の2丁目はまだゲイタウンの卵みたいな存在。

写真 2016-05-04 19 20 06.jpg

いまよりもゲイへの理解が少なかった時代。
こっそりと、だけど確実な出逢いを愉しみたいゲイが
だんだんと新宿へ集まるようになっていったわ。
住所も整備されて、
1978年に現在と同じ「新宿2丁目」が成立。
それから、2丁目=ゲイタウン、
という文化が根付いて、いまにいたる……

こんな風にして、
新宿2丁目はハッテン、
じゃなくて発展したのよ。